
旅立ちの朝。カラッとした天気で、雲一つない鮮やかな青空が頭上に広がっている。
風は凪いでいて、波はとても穏やかだ。船を出すには良い天気である。
アナンシアとリュードは身近な人達へと挨拶を済ませ、各自必要な物を詰め込んだ鞄を持ち港へと向かう。
そこには両親が連れ立って見送りに来ていた。
「どんな土地か分からん。くれぐれも気をつけるんだぞ」
「体は資本よ。病気なんかしちゃダメよ?」
アナンシア、続いてリュードの肩を励ますように叩く父と、優しく二人を抱擁する母、マリアンヌ。
両親に安心させるように二人は微笑み、力強く頷いた。そこで、そういえば……とアナンシアが呟く。
「アイリ達が居ないようだが。リュード、お前は知らないか?」
「どうやらアリスが落ち着かず、アイリが部屋で面倒を見ているようです」
「そうか……あの子達の顔を見て旅立ちたかったものだがな」
アナンシアは残念そうに、自分達の家の方角へと視線を向け、呟いた。
開拓者として旅立つ者達は皆それぞれに、両親や近しい者達との別れを惜しんでいた。
アナンシア達もまた、その中の一人であった。両親への別れを済ませた二人は荷物を持ち、船へと乗り込む。
妹達の姿を一目でも見れるかと、目を凝らしつつ、別れる者達へと大きく手を振る。
その中に、見覚えのある姿を見つけ、あ。と声を漏らす。
「おい、あれはリュシェール伯母上じゃないか?」
「え? 伯母上が居るという事は……まさか、彼らも新大陸に?」
アナンシアのその言葉に、微妙な表情を浮かべるリュード。弟のその苦い物を噛んだような顔に思わず吹き出した。
「あの件は飼い犬にでも噛まれたと思って忘れる事だな」
弟の肩を励ますようにポンと叩くアナンシア。それが出来れば苦労はしませんよ、と疲れたように呟いたリュードの声は船の汽笛に掻き消された。
ついに船が出港する。最後の開拓志望者が乗り込み、緩やかに船が動き出す。
アナンシア達は見送る群衆へと視線を戻したが、求めていた妹達の姿を最後まで見つける事が叶わなかった。

――時は少し遡り、末の妹二人はというと……。
「アイリお姉さま……本気ですの?」
「えぇ。さぁ、行くわよ」
そう告げるアイリーヌは普段のイメージとはまるで違い、少し長の髪をふわっとさせたレイヤーヘアのウィッグを被り、大人な雰囲気を出しているオレンジ色の服装をしている。背中には身の回りの必要最低限の品をつめたアイボリーのリュックを背負い、愛用の応急処置の薬や包帯などを入れたウェストポーチをつけている。
対するアリスティンも、短くカットしたウィッグを被り、白い学生風の服を着て、四角い鞄を背負っている。
「は、はい……っ」
映画で見るスパイの様に周囲の雑踏の中を掻い潜って、港に無造作に積み重ねられている大きい木製のコンテナの影へと隠れる姉へと、戸惑いの表情を浮かべていたアリスティンは、慌てて追いかける。
「お……お姉さま」
「シッ! 声を抑えて」
短くアリスティンを叱咤し、コンテナから顔を出しアナンシア達の様子を伺うアイリーヌ。姉達の旅立ちまでの期間に、変装をして忍び込むという計画を立てていた。
可愛い妹の願いも叶えたい……そして、アイリーヌ自身も付いて行きたいと願っていたからだ。
「姉様達には変装していても至近距離だとバレてしまいそうだから、なるべく間隔を空けて人の流れに紛れ込んで船へと乗り込みましょう」
アリスティンは不安を抱きつつも、姉達に付いて行きたい気持ちは強く、真剣な表情でその提案に頷いた。

つづく
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